ネコ




俺は犬派か猫派かどっちかですかと聞かれたら、猫派ですと答える。

ガキの頃はおいでおいでをすると大体の猫は来てくれた。でも大人になってから猫と触れ合おうとすると必ず逃げられてしまうようになっちまった。あいつらすげぇ警戒するもんな俺のこと見ると。

猫に関して一番古い記憶は、おそらく2、3歳の頃に隣の家の飼い猫のトラに顔を引っ掛かれて泣かされた記憶かなぁ?

隣の家には三匹猫がいて、虎柄のトラ、白猫のシロ、黒猫のクロと非常にわかりやすい名前だった。隣の家の人は片親の俺をよく可愛がってくれてて、そこんちの兄弟と猫達と俺は本当の兄弟のように育った。

その内、自分だけの猫を飼いたくて飼いたくて仕方なかったが、親に反対され叶わなかった。
しかし、ある日たまたま捨て猫を見つけた俺は家に連れて帰った。子猫を見せながら父に直訴したが、返事は「No。」

次の日起きたら子猫は居なかった。父が俺が寝ている間に捨ててきたんだろうな、と思い、父を責めた。ぶっ飛ばされた。

まぁでも親一人子一人で暮らしてて、男手一つてワンパクボーイの俺を育てるのは大変だろうし、その上子猫なんか育ててらんねぇよなぁ。捨てに行くのもしんどかっただろうし、悪いことしたなぁ。

その日から我が家には四つ足禁止というルールができた。



小学4年生の頃、精肉工場の二階のアパートに住んでいた俺は、精肉工場の空調の室外機が並ぶ工場裏の二畳分くらいのスペースの場所を見つけ、そこをアジトとしていた。室外機の音はウルサイが、誰も来ないし誰にも見つからないし、冬でも室外機の熱で暖かいそこは素晴らしいアジトだった。

ある時、学校帰りに河原で遊んでたらまだ小さい子猫がいた。
3匹いたのだがカラスに襲われていて、一匹は既に喰われていて、もう一匹は俺の目の前でなんか違う鳥に捕まれて空を飛んでいった。無事に見えた一匹も耳が片方千切れていた。
俺はカラスを追い払い、迷わずアジトへ連れ帰った。

黒かったから名前はクロだ。

クロとは二週間そこで過ごした。

初めて飼う猫に、最初はベタベタと構っていたのだが、やはり俺も子供だったから一週間もすると飽きてしまった。

餌を与え忘れてしまった次の日、アジトに行くとクロは居なかった。

次の日も、その次の日もクロは帰っては来なかった。

きっと腹を空かせて自分で餌を探しに行ったに違いない。
いい加減な飼い方をした自分を責めて、後悔した。


それから二年が経ち、俺は六年生になっていた。
精肉工場は潰れ、一階はワンルームマンションになった。
それに伴い俺のアジトもなくなってしまった。

しかし、俺には既に新しい素敵なアジトがあった。自宅から歩いて三分の廃車置き場。20台くらいの役目を終えた車が適当に積み上げられたりしてる場所で、そこにある車は鍵がかかってないやつとかも多くて、学校の図書室で本を借りてきては暗くなるまでその車の中で読んだりしていた。暗い小学生だ。

冬になり、いつもの様に学校から帰る途中、アジトの前を通ると入り口の近くに黒いものが落ちていた。よく見ると黒猫だった。
国道沿いに住んでた俺は猫の死体ならしょっちゅう見ている。大体はもうペシャンコになってる死体ばっかだったが…。

そこに横たわってる猫はそういう死体とは違い、あまりにも綺麗だった為、寝てるのかなぁ位にしか思わなかった。

ふと何年か前に少しだけ一緒にいたクロを思い出して、近寄っていってしゃがんで背中を撫でた。猫は動かなかった。

あれ?こりゃ死んでるのかな?と思って抱えあげたら、微かに目を開け、少しだけ口を開いた。そして俺は驚いた。

耳が欠けている。昔居なくなったクロと全く同じように耳が欠けていたのだ。随分大きくなってはいたが、こいつは間違いなくクロだった。

「クロ!お前クロか!」

俺はお気に入りの廃車の中にクロを連れていき、助手席にそっと置いて、ダッシュで家に帰り牛乳とごはんをかっぱらってクロの元へ戻った。
「クロ、ごめんなクロ!ほら食えよこれ。」

でもクロにはもう目を少しだけ開ける力しか残ってなかった。
クロを腿の上に乗せなんとか食べさせようとするが、飲み込まない。何回か挑戦したが、無理だと悟り諦めた。

クロは大きくなってはいたがガリガリだった。俺はどうしていいかわからなかったが、クロが元気になるまでうちに置いてもらおうと親に頼み込むつもりだった。

クロの目が半開きで開いている。俺は何もできずにずっとクロを撫でていたが、暫く経ってクロの目が閉まらないことに気付いた。

クロはいつの間にか死んでしまっていた。

もう何をやっても、何を喋りかけてもクロは動かなかった。産まれて初めて死というものを間近に感じた。

ビービー泣きわめいて、謝った。暗くなってきたから、全速力で家に帰って部屋に籠った。

次の日、朝四時に家を出てクロを迎えに行った。
クロは冷たく固くなってた。
チャリンコの前篭にタオルでくるんだクロを入れて、小学校の中の庭園内に皆で作った秘密基地の近くの、名前は知らないけど結構きれいな花が咲いてる場所にクロと、当時俺の宝物だった財布のチェーンを埋めた。小学生だった俺なりの精一杯の償いだった。
埋め終わったら自分の中での整理がついたのか、もう悲しみはなかった。

そして、俺はいつもの日常へ戻った。それ以降、実家にいる間は俺はペットを飼わなくなった。



それからまた何年か経ち親元を離れて暮らし始めた俺は、成人式の為に久しぶりに実家に帰ってきた。

田舎はだいぶ変わっていた。

今度新幹線がこの街に通るらしい。
高速道路のインターが新しくできた。
通ってた駄菓子屋はなくなってた。
本屋はコンビニになってた。
近所の婆さんはまだ婆さんだった。

アジトがあった廃車置き場には新築の家が沢山建っていた。

俺が知っている田舎とはだいぶ変わってしまっていた。違う街の様で少し寂しいが、便利になるのは悪いことじゃない。

俺はクロに会いに行った。

ガキの時は楽々行けたあの場所も、大人になってから行くのは一苦労だ。

草を掻き分けて辿り着いたクロが眠ってるであろう場所は、街とは違い、全く変わってなかった。俺は持ってきたミルクティを開けて、クロが眠ってるとこに置いた。ムカデがいてびびった。

クロは最期に会った時、俺の事を思い出してくれただろうか?
餌を忘れた俺を恨んでいるだろうか?

クロは幸せだったんだろうか?
俺がクロを拾ってきたのは、果たして正しい事だったのだろうか?

どれもこれも答えがでない。





生き物を飼うということは命を預かるということ。

決して簡単な事じゃない。簡単に考えちゃいけない。

人の親になった俺は、自分の子にそれを教える義務がある。うまく伝わるといいんだがなぁ。



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