少年時代


昭和が終わる10年位前、静岡県である男の子が産まれました。

男の子が産まれて暫くして、産んだお母さんはいなくなりました。

6歳くらいまで男の子はお父さんの元上司の家の敷地内にある離れで、お父さんと二人で生活しました。




ある日お父さんはお姉さんを連れてきました。

お姉さんは少年にとても優しくしてくれました。

少年はすぐにお姉さんが大好きになりました。

お姉さんは暫くしてお母さんになりました。

少年はやっと僕にもママが出来たととても喜びました。




少年が小学生になった頃、お母さんは弟を産みました。

ずっと一人ぼっちだった少年に初めて宝物が出来ました。

しかし、お母さんは弟を可愛がり、少年を疎むようになりました。

少年はお母さんの気を引こうと、色々目立つことをし始めました。

結果、少年は非行と呼ばれる行為をはじめました。

お母さんは、お父さんが居ないときに限り少年に手を上げるようになりました。

やがてお母さんは少年に非がなくても自分の機嫌の良し悪しで少年に手を上げるようになりましたが、少年はそれでもお母さんにすがりました。

少年にはまだ人を嫌いになるという感情がどういうものかわかりませんでした。

次第に少年は家に帰るのが嫌になりました。
宝物だったはずの弟のことも好きではなくなってしまいました。

おうちに帰ったらまたお母さんは僕を叩く。

おうちに帰ったらまたお母さんは僕にだけご飯を作ってくれない。

しかし帰らないわけには行きません。

ある日少年は夕方は17時半までに帰らなければいけないのに、18時に帰ってしまいました。

帰宅した少年に対して、お母さんは顔を殴り、腹を蹴りました。
少年はごめんなさいごめんなさいと泣きながら、うずくまっていました。

お母さんはタバコに火をつけました。

お母さんがタバコを吸い始めると何分かは暴力はやみます。
少年は内心ほっとしていました。

しかしその日は違いました。

お母さんは少年の左腕をぐいと引っ張ると、火のついたタバコを押し付けました。


ジュー。


少年は、今までの人生で感じたことのない痛みに、大声で悲鳴をあげました。

しかしお母さんは腕を離してくれませんでした。

ようやくお母さんが腕を離した時に、少年は家を飛び出しました。

そしてお父さんの上司が住んでいる隣の家に逃げ込みましたが、ショックからかその辺の記憶を少年はなくしてしまいました。

そして翌日の朝、学校に行く前にお母さんに罵倒された少年は、

「お前なんかお母さんじゃないっ!!!」

と叫び家を飛び出しました。





少年は登校した後、自分が言った事に罪悪感を感じていました。

言い過ぎちゃったかな。
帰ったらちゃんとごめんなさいって言おう。

少年は下校中にお母さんに渡そうとたんぽぽを摘んで、走って家に帰りました。

家に着いた少年は驚きました。

家のベランダの窓が割れ、いつもならこの時間に居るはずのないお父さんが家で胡坐をかいて座っていました。

お父さんは聞きました。

「お母さんに何されてたんだ?」

きっと隣の家のおじちゃんたちがお父さんに昨日のことを言ったんだ。

少年は最初は黙ってましたが、泣きながら答えました。

「叩かれたりした」

「他には?」

「たばこでギューってされた」

暫くして、

「お母さんは、弟を連れて出て行った。もう帰ってこないかもしれん。これからはまた二人暮らしだ」

「…うん」

そう言って、お父さんはどこかへ出かけていきました。

少年は、摘んできたタンポポを捨てました。

少年は何度も何度もタバコを押し付けられる悪夢を見るようになりました。


それから何日か経って、お母さんが帰ってきました。
お母さんは少年に謝りました。
少年も泣きながらお母さんに謝りました。

暫くは幸せな日が続きました。悪夢も見なくなりました。

しかしその事件が原因でもあるのかはわかりませんが、少年の一家はその家を離れ、市内の大型団地へと引っ越しました。

引っ越して暫くして、お母さんはまた弟を産みました。

少年は嬉しかったのですが、同時に不安になりました。
またお母さんは僕を叩いたりするんじゃないか。

またたばこの夢を見るようになりました。

そして予感は的中しました。

また少年にとって地獄の日々が始まりました。

ある日、少年はお母さんにより全身に青痣を作られて、体育の時間に着替えることが出来ませんでした。

不思議に思った先生は、少年に着替えなさいと言いました。

少年は嘘をつこうと思いましたが、異常を感じ取った先生は少年の上着を取りました。

先生はびっくりして、少年を半ズボン一枚にしました。
全身の痣が先生にばれてしまいました。

少年はすぐに別室に連れて行かれて、担任の先生や校長先生にこれはどうしたのか聞かれました。

しかし、少年はお母さんにやられたとは言えませんでした。




少年はまだお母さんが好きでした。




少年は知らない中学生にやられましたと嘘をつきました。

勿論大問題になりました。

家に帰った少年は、その事で更に母親に暴力を受けました。

少年はもうお母さんの事が好きではなくなってしまいました。


僕はお母さんを庇ったのに、お母さんはまた僕をぶった。


少年は夜中寝ないでお父さんとお母さんが寝静まるのを待ち、台所に行きました。

少年は初めて料理以外の目的で包丁を持ちました。

少年は暗い台所で長い時間包丁を持ったまま立っていました。

暫くして、少年は足音をたてないようにお父さんやお母さんや弟たちが寝ている寝室へ行きました。

少年は寝ている弟のところへ行きました。

お前さえいなければお母さんは僕に優しかったんだ。

お前も、お母さんも死んじゃえばいいんだ。

















30分後、台所に行き、包丁を置いて少年は部屋に帰りました。

少年は包丁を使うことが出来ませんでした。



少年は窓を開けて、窓の柵を乗り越え、30センチほどの外壁の出っ張りに座りました。

少年は飛び降りて死のうと思いました。

地上10階にある少年の家は、風も結構あります。

少年は風にあおられて怖くなりました。
殺すことも出来ない、かといって死ぬことも出来ない少年はもうどうすればいいのかわからなくなり、出っ張りに座りながらずっと泣いていました。



暫くすると空が白んできました。

少年の部屋からは毎日どんなことがあっても富士山が見えます。


少年はずっと富士山を見ていました。
それまで少年は富士山に全く興味がありませんでした。
少年にとって富士山はただの景色の一部でしかありませんでした。



少年は初めて富士山がきれいだなと思いました。


少年はベッドに戻りました。

その日以来少年は嫌なことがあると富士山を見るようになりました。

富士山は少年にとって特別な存在になりました。






少年は小学校三年生になってからすぐ、またお母さんを怒らせてしまいました。

お母さんははさみとロープを持って、少年を近くにある山に連れて行こうとしました。少年を木に縛りつけるためです。

少年は以前真夜中に遠く人家から離れた田んぼの真ん中の電柱に縛られたことがありました。
少年はその時発狂する一歩手前くらいまで追い詰められました。

もうあんな思いするのは嫌だ。

「うわああああああああ!」

少年は叫び、お母さんを振りほどいて弾き飛ばしました。

お母さんは今まで抵抗したことのない少年の思わぬ反抗と、大人を振りほどくほどの力に驚きました。



お母さんはその日以来暴力を振るわなくなりました。







読書が好きだった少年は、小学校5年生の時家の近くにある本屋さんで児童虐待についての本を見つけました。

タイトルは忘れてしまいましたが、少年はその本で児童虐待に至る親の心理などを理解することが出来ました。
少年はその本を夢中になって何度も何度も読み返しました。

そうか、お母さんも不安だったんだね。怖かったんだね。




気がつくと夜中の22時を越えてしまっていて、帰ってこない少年を心配した両親は学校に連絡してPTAが捜索に出るという大騒動になっていました。

家に帰って少年はお前は何考えてんだアホウとこっぴどく叱られました。しかし少年は何を読んでたかは言いませんでした。

少年はそれまで産みのお母さんに会いたいと思っていましたが、それ以降は産みのお母さんの事は考えなくなりました。

月日が流れ少年は青年へと成長し、少年のお母さんも青年の母親へと成長しました。

そして青年は家を出て、関東で一人暮らしを始めました。

一人暮らしを始めて、生活することの難しさを知った青年は育ててくれた両親に感謝するようになりました。



大人になって、青年は小さい頃母親がタバコを押し付けたところの上に刺青を入れました。

タバコの跡は目立たなくなりました。

青年はもう悪夢を見なくなりました。



青年は実家に初めて手紙を出しました。

短い文の中で少年はお母さんにこう書きました。





俺のお母さんはあなたです。
育ててくれて、ありがとう。

コメントへ





ブラウザの戻るボタンでお戻り下さい




ぽんこつ侍TOPへ